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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1256号 判決

控訴人 株式会社 長野県水上田魚市場

被控訴人 上田税務署長

訴訟代理人 山田二郎 外三名

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は一原判決を取消す。被控訴人が昭和三三年四月二日控訴人の第七期事業年度分法人税につきなした再調査決定中、所得金額一六七万三一四〇円を超える部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当時者双方の事実及び証拠関係の陳述は

控訴代理人が

一、本件招待旅行は取引される高品の内容そのものを構成している。

即ち本件はあくまで控訴会社の行つた特売であつて、特売の目的を達成せんがために通常の取引とは異なる方法、態様がとられたに過ぎないのである。招待旅行は単なるサービスでもなければ取引と無関係に行なはれる交際或いは接待とはその本質を異にし、厳格な価格計算に基いて特売に際し取引される商品の内容そのものを構成しているというべきである。その趣旨は一招待旅行は売出」という表示自体にも明白に伺はれるところである。

売手たる控訴会社は原判決末尾添付の別表の如き商品と共に各招待旅行を提供し、買手たる各小売店はこれに対する対価を支払うという関係が本件特売に見られる特長である。このように本件招待旅行は商品の一部であると共に、取引の誘因としての機能を果すことにより、そのために控訴会社の支出した費用をはるかに上廻る利益を特売を通じて控訴会社にもたらしていたものである。よつて本件招待旅行はその内容と機能において交際費とはその範疇を本質的に異にし、招待旅行のために控訴会社の支出した費用はかかる意味においても事業費といわなければならない。

二、本件費用の支出の相手方は控訴会社の特定の得意先ではない。即ち控訴会社は所謂小売業者でなく卸売業者であつて、その取引先は自ら量的に制限されており、控訴会社の外一、二の同業者しか存在しないところから、その市場範囲は相対的に閉鎖的になることは避けられない。

本件費用の支出の相手方が特定されているか否かは控訴会社の取引先の数と構成との関連において相対的にのみ決せらるべきものである。そして控訴会社の取引先が本来限定せられており、流動的に乏しいものであるに反し、本件招待旅行に参加したものは任意且つ不特定のものであるからそれが、特定の業者であつたとは到底ということができない。

三、本件費用が広告宣伝費であること。

広告宣伝の意味を極めて限定し「新らしい商品についての販路を獲得するため」のもののみが広告宣伝の常である。

四、例外的なものを以つて判断の資料とすることはできない。

原判決は本件費用のうち不参加者に支出した分は代金の値引き割りもどしにならない旨判断しているが、原判決の判示する場合は何れも一、二の例外的のケースであつて、そのような例外的取扱をする特段の事情が存したものばかりである。しかるに原判決はかかる例外的場合について十分な検討をせずこれを一般化して恰かも売上高に比例せずその率を一定していない不明確な支出である様に取扱つているのは不当である。

五、立証として甲第四号証、第五号証の一乃至三を提出し当審証人高村英男、同加藤万亀雄、同佐藤辰吉、同水出得衛、同久田正雄、同竹内慶治、同渡辺邦男、同小宮山計美、同堀内留義の各証言及び当審における控訴会社代表者小池長の供述を援用する。

と述べ、

被控訴代理人が

一、本件費用はすべて交際費等に当該するものである。

(一)  旧租税特別措置法五条の一二(現行租税特別措置法六二条)は法人の交際費等の濫費を抑制し経済の発展に資するため交際費等について定義するとともにその支出交際費等も一定の限度で損金に算定しないことを定めている。

右旧措置法で定義する交際費等とは「交際費、接待費、機密費その他の費用で法人がその得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、きよう応、慰安、購答その他これらに類する行為のために支出するもの(もつぱら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会旅行等のために通常要する費用その他命令で定める費用を除く)」すなわち一得意先その他事業に関供ある者との間の親睦の度を密にして取引関係の円滑な進行を図るために支出するものをいうのである(同条四項)。

この規定は常識的な意味での交際費よりかなり広くその範囲(支出の相手方、支出の目的)が定められており、その支出を冗費的なものにとどめるものではなく、企業の経営上真に止むを得ない重要な意味をもつ会計上の費用的支出であつても、右の交際費等に該当すれば、一定限度を超える額は損金に算入しないと規定している。

(二)  本件は控訴人が案内状(乙第二乃至第四号証)によつて特売をすることを得意先に知らせ、当該商品の購入者を温泉旅行等に招待したのであるが、その支出した費用の内容は温泉地等において、招待した相手方と酒肴をともにしたいわゆる「接待、きよう応」等の費用がその大部分を占めている。しかも招待したその相手方は、いづれも控訴会社と長年取引していたといい、また本件係争事業年度は勿論その前後を通じて取引のあるいわゆる「常得意先」ばかりであり、本件売出にかかる各商品はいずれもかねてから控訴会社とその常得意先との間において取引された保存食品である。

このように本件費用の支出の相手方および支出の目的に照らして、本件費用は常得意先との間の親睦の度を密にして取引関係の円滑な進行を図るために支出されたものであるといれるから、本件費用の支出こそまさしく前記措置法にいう「交際費等」に該当するものであつて、支出した費用が売上の増加利益の獲得にどのような役割を果したかは、前述のとおり「交際費等」の定義において問わないものである。

(三)  ところで、控訴人は「売手たる控訴会社は別表の如き商品と共に各招待旅行を提供し買手たる各小売店はこれに対する対価を支払うという関係が本件特売に見られる特長がある」といい、「招待旅行は取引される商品の内容そのものを構成している」というのであるが、本件招待旅行費用は特売に関連して支出された得意先に対する一種のサービスには相違ないが、サービスには粗品を提供するとか、売上金の一部を還元するとか、飲み食い等という形をとるとか種々な方法が考えられ、その何れをとるかは販売政策上の問題でいづれも売上の増加を期待し利益を一層あげるという共通の目的をもつている。そしてそれぞれの費用は、さらにその性質によつて広告宣伝費、割戻、或は交際費等の科目に分類されるのが通例であり、旧租税特別措置法は、たまたまその支出された費用の性質が交際費等に当れば、一定限度を超える額を損金に算入しないと規定したまでであつて、これら費用が「商品の内容そのものを構成する」とは到底解しえないものである。

二、旅行不参加者に支出した費用は、割戻等に当らないものである。

(一)  控訴会社が松島、伊豆招待旅行の不参加者に対し支払つた金額と売上高との関係は次表のとおりである。

1  松島招待旅行関係〈表 省略〉

2  伊豆招待旅行関係〈表 省略〉

(二)  右各表によれば

松島招待旅行の場合、一口の金額六九、五二〇円に対する一人当り旅行費用は四、八九二円で、その割合は七%であるのに、旅行に参加しなかつた各得意先に対する右の割合は最底四・九%から最高六・五%と旅行参加者の額をはるかに下廻り、その率も一定していない。また、「六四」内山商店一七六」竹内商店、「八五」角田商店は、いづれも買上高が一口の金触最底六九、五二〇円に満たす、もとより松島旅行に参加する資格は全然ないのであるから、不参加は当然である。したがつて、不参加戻額を受領する理由もないはずであるのに、それぞれ四、五〇〇円、二、五〇〇円、三、〇〇〇円の支払をうけているのである。

伊豆招待旅行の場合も、前記同様一口の金額六八、八一四円に対する一人当り旅行費用は四、九一二円でその割合は七・一%であるのに、旅行に参加しなかつた各得意先に対する右の割合は最底二・七%から最高五・〇%と旅行参加者の額をはるかに下廻り、その率もこれまた一定していない。

値引割戻というのは、おおむねその割戻額ないし率が一定しているのが本質的な特長であるが、前述のように本件ではそのようなことが認められず、控訴会社も認めるようにこのような支払いをすることは旅行から帰つてきてから決められたもので、始めから得意先には不参加戻額ないし率のことは全然知らされておらず、その基準もなく漫然と支払われたもので、値引または割戻とは全くその性質を異にし、それはいわゆる旅行に行かなかつた者に対して、行つた者との均衛上飲み食いや旅行の代償として金銭を贈与したにすぎず、「交際費等」の定義中にある「贈答その他これに類する行為のための支出」とみるべきものである。

三、本件費用は広告宣伝費ではない。

本件招待旅行費用は、常得意先を温泉地に招待し、接待、きよう応等のために支出されたものであることは明らかであるが、その費用が広告宣伝費であるとも主張されるので、広告宣伝か交際費等かその性質を明らかにするうえで、招待した相手方が特定の者であるかどうかが問題となつて来る。

通常、広告宣伝費とは、購買意欲を刺激することを目的として商品、製品の良廉性等を広く不特定多数の者に訴えるための費用をさし、その相手方を常に不特定多数の者としているのである。

本件の場合の相手方は、控訴会社とは常時取引のある限定された得意先ばかりで、支出された費用も飲み食い等という形でなされたもので、広告宣伝の例である新聞雑誌等に掲載報道するための費用等とは著しくその性質を異にしている。

控訴人は「取引先が本来限定せられており、旅行に参加したものは任意且つ不特定のものである。」と主張されているけれども、製造業者ないし卸売業者対顧客小売業者間においては任意且つ不特定ということはあり得ないのであつて、本件特売については、訴控会社の従業員が個々的に案内状を持参して参加方を勤誘し、かくて口数をつのつたというのが実情であつて、その案内状の印刷枚数をみても、得意先件数と略同数かそれ以下の枝数を用意したにすぎず、広く不特定の者を対象としたものでないことは明らかであり、しかも商品の良廉性等を宣伝しようとしたものでないから、本件支出費用が広告宣伝費でなくやはり交際費等にあたることは明らかである。

四、控訴人提出の前記甲号証はいづれも不知

と述べた外、原判決の事実摘示と同一であるからその記載を引用する。

理由

控訴人の本訴請求が失当であることは左記事項を附加する外原判決理由の配示するところと同一であるから、その記載を引用する。

一、旧租税特別措置法第五条の一二に規定する交際費等とは「交際費、接待費、機密費其の他の費用で法人がその得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、きよう応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出したもの」であつて「もつぱら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用其の他命令で定める費用を除いたもの」をいい、換言すれば法人が得意先仕入先その他事業に関係ある者との親睦の度を密にして取引関係の円滑な進行を図るために支出するものをいうのである。そしてこの規定はかなり広くその支出の相手方や支出の目的が定められており、法人企業の経営上真に止むを得ない重要な意味をもつ会計上の支出であつて、右にいう交際費等に該当すれば一定限度を超える額は損金に算入しないと規定しているものである。

二、成立に争のない乙第二乃至第四号証乙第七号証の一乃至一〇乙第八号証の一乃至一三、乙第九号証、原審証人中村久三郎の証言により成立を認める乙第一〇号証に当審証人高村英男、同加藤満亀雄、同佐藤辰吉、同久田正雄、同竹内慶治、同渡辺邦男、原審証人中村久三郎の各証言、原審ならびに当審における控訴会社代表者小池長の供述を綜合すると、本件支出の相手方はいづれも控訴会社と多年取引関係にあるいわゆる常得意先であり、本件売出にかかる各商品はいづれもかねてから控訴会社とその得意先との間において取引されていた保存食品であつて、そしてその支出した費用の内容は温泉地等において招待した相手方と酒有をともにしたいわゆる「接待・きよう応等」の費用がその大部分を占めていることが認められ、右認定を覆す証拠がない。

そうすると本件費用はその支出の相手方及び支出の目的からみて控訴会社と得意先との間の親睦の度を密にして取引関係の円滑な進行を図るために支出されたものというべく、本件費用の支出はまさに旧租税特別措置法にいう「交際費等」に該当するものというべきである。

そして支出した費用が売上の増加利益の獲得にどのような役割を果したかは同法にいう「交際費等」の定義において問わないところである。

三、控訴人は売り手たる控訴会社は原判決末尾添付の別表記載の商品と共に各招待旅行を提供し、買手たる各小売店はこれに対する対価を支払うという関係が本件特売に見られる特長である。従つて本件招待旅行は取引される商品の内容そのものを構成している旨主張し、本件招待旅行費用は特売に関連して支出された小売店に対する一種のサービスであることは争がないけれども、これら費用が商品の内容そのものを構成するとは到底いうことができない。

四、控訴人は本件費用の支出の相手方は控訴会社の特定の得意先でないと主張し、控訴会社は小売業者でなく卸売業者であつて、その取引先は自ら量的に制限されていることは争がないけれども、控訴人の全立証によるもこの点に関する原判決及び当審の認定を覆すことはできない。

五、控訴人は本件費用は広告宜伝費であると主張するけれども、通常、広告宣伝費とは購買意欲を刺激する目的で商品等の良廉性を広く不特定多数の者に訴えるための費用をいい、その相手方を常に不特定多数の者としているのである。

ところで先に認定したように本件の場合の相手方は控訴会社と常時取引関係のある限定された得意先ばかりであつて、支出された費用も飲み食い等が主たる形でなされたものであり、広告宣伝の例である新聞雑誌、ラジオ、テレビ等に掲載報道するための費用等とは著しくその性質を異にしている。

控訴人は取引先が本来限定されており旅行に参加した者は任意且つ不特定であるというけれども卸売業者と小売業者との関係は控訴人も認めるように自ら量的に制限された相対的に閉鎖的なものであるから、任意且つ不特定とは言い得ないものであつて、本件特売についても原審証人有賀和雄の証言により成立を認める乙第一二号証に同証言を綜合すれば、控訴会社が招待旅行に参加を勧誘した案内状は同社の得意先件数と略同数位の枚数を用意したにすぎなかつたことが認められしかも商品の良廉性等を宣伝したものといえないから、本件支出費用が広告宣伝費ではなくて、交際費等にあたるものというべきである。

六、控訴人は本件費用のうち不参加者に支出した分は代金の値引き割戻しである旨主張する。

松島招待旅行、伊豆招待旅行の不参加者に対し支払つた金額及び売上高との関係一口の金額又び一人当りの旅行費用は成立に争のない乙第六号証、当審証人堀内留義の証言により成立を認める乙第一〇号証に右証言を綜合すると

1  松島招待旅行関係〈表 省略〉

2  伊豆招待旅行関係〈表 省略〉

であることが認められる。

右各表によると松島招待旅行の場合は一口の金額六九、五二〇円に対する一人当りの旅行費用は四、八九二円でその割合は七%であるのに、旅行不参加者に対する割戻額の割合は最底四・九%から最高六・五%と旅行参加者の額をはるかに下廻り、その率一定しない。また六四内山商店、七六竹内商店、八五角田商店はいづれも買上高が一口の金額最低六九、五二〇円未満であるから松島旅行に参加する資格がなく従つて不参加戻額を受領する理由がないのに、それぞれ四、五〇〇円、二、五〇〇円、三、〇〇〇円の支払をうけている。

伊豆招待旅行の場合も一口の金額六八、八一四円に対する一人当りの旅行費用は四、九一二円でその割合は七・一%であるのに旅行不参加者に対する割戻額の割合は最底二・七%から最高五・〇%と旅行参加者の額をはるかに下廻りその率も一定していない。

値引き割戻しというのはおおむねその割戻額ないし率が一定しているのがその本質的な特長というべきであるが、本件では前述のようにそれが全く認められない。丈も当審証人堀内留義の証言によると、割戻金が少い人は入金額の少い人であることが認められるけれども、その率は必ずしも一定しているものとはいうことができず、しかも原審における控訴会社代表者小池長の供述によると、控訴会社で旅行不参加者に対し割戻金の支払をきめたのは旅行から帰つた後であることが認められ、右認定に反する当審証人堀内留義の証言部分は措信できず、他にこれを覆す証拠がないから、旅行不参加者は事前に不参加戻額ないし率のことは全く知らず旅行後に始めてこれが支給をうけたものというべく、従つて不参加戻額は値引き又は割戻しとは全くその性質を異にし、それは旅行不参加者に対し旅行参加者との均衝上旅行の代償として金銭を贈与したものであつて旧租税特別法の「交際費等」の定義中にある「贈答その他これに類する行為のための支出」とみるべきものである。控訴人主張のように例外的の事例をもつて律したものということができない。

従つて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第九五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 菊池庚子三 花淵精一 山田忠治)

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